長崎創価学会 出島橋全景

長崎創価学会 出島橋金属プレート

このほど、130年ぶりに出島の「表門橋」が完成。期間限定のプロジェクション・マッピングがおこなわれるなど、好評を博しました。
江戸時代の出島は、扇形の人工島で表門橋も、当時は石造りのアーチ橋。全長4~5メートルのこの橋は、鎖国下にあった日本で唯一の外国との窓口として栄えました。
1823年に来日したオランダのシーボルトは、出島を舞台に活躍。鳴滝塾を開校し、蘭学の普及に尽力。また、絵師・川原慶賀を介して日本の文化や風習、植物などの記録を収めました。自身が収集した浮世絵は、ヨーロッパで「ジャポニズム」ブームを巻き起こしました。コレクションには、「神奈川沖浪裏」や赤富士で知られる「凱風快晴」を描いた葛飾北斎の作品も多数。ゴッホやモネの絵画には、「北斎漫画」の人物スケッチを模写したり、構図を取り入れるなど、その後の作品に大きな影響を与えています。特にゴッホは、晩年「日本に行ってみたい」と周囲に語るほど、強いあこがれを抱いていたそうです。
シーボルトに代表される、異国文化と日本文化との融合。そこには、現代につながる芸術や学問の発展の布石がふんだんにあったのです。
人と人の相互交流が、世界を大きく変える可能性を秘めている。今を生きる私たちにとって、世界平和のために、何が必要なのかを教えてくれているように思えてなりません。